【こう見えて代表 紅です】

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なんと!!今回が最終回になった
毎週恒例のゲストハウス縁のスタッフ紹介

おおとりをつとめさせてもらうのは
広島ゲストハウス縁
こう見えて代表をさせてもらっている
正垣 紅(くれないとかいてこう)です。

あまりにも個性的なスタッフに囲まれて
影が薄かったり、自己紹介もみんなと
比べると地味になっていますが、

1人でも僕のことを知ってもらえたらと
思っているので
あまりみんなには知られていない
小さいころの話を中心に
苦手な文字ですが頑張りますので
よろしくお願いします!

ということで
33年前の6月にタイムスリップ。
兵庫県出身の 和夫 と
徳島出身の ますみ の間に命を授かり
ジブリの森がある井の頭公園の近く、
東京の三鷹市で
“おぎゃー”と産声をあげました。

6歳の時に親が別れ、
母親に連れられてなぜか広島に。

小学校6年間母親ひとりで育ててもらって
親がいる普通の家庭生活を夢みる
“かなりのさみしがり屋”の少年でした。

今思うとこの経験がシェアハウスをする
きっかけに繋がっているんだろうなーと。

小学校の4年生でサッカーを始めてすぐに
Jリーグが開幕。

ただひたすらにリフティングをしまくる
生活を経て中学校にあがりクラブチームへ。
ここでなかなかチームメイトと仲良くなれず
人生初の挫折。
サッカーを辞めようかと思っている時に高校に。
ここで最高の仲間に出逢い、

嫌いになりかけていたサッカーを以前にもまして好きになる。

 

この3年の生活が高校の仲間がいたから
今自分の目指す在り方があるんだと。
そして、ここで事件が!!
試合中に足首を骨折、足首が向いては行けない方向に(>_<)
大好きになったサッカーができなくなって
落ち込んでいたが
これをきっかけに義肢装具士(義足やコルセットを作る)という仕事を知る。

“ものづくりができて人のためになる“
と想い初めて夢ができ、
熊本の専門学校に入学。
実はここで旅の師匠に出逢う。
3年後無事国家資格に受かり
広島県福山市にある義肢製作所に就職。

夢は叶ったが
自分の実力不足や職人とのコミュニケーションがうまくとれず
それに加え会社のあれこれで
夢と現実の狭間でずっと迷い続ける毎日。。。
人生2度目の挫折をし、就職して6年になる時にやめることを決意。
このまま今の仕事を続けるか他に道があるのか考えるのと、
リフレッシュで全国に散らばった友達に逢いに行くために
広島から自転車で日本一周の旅に。

とまぁここまでが旅に出るまでで
改めて振り返ってみるとゲストハウスやこれからのビジョンに
小さい時からの出来事が少なからず関与しているな~と。

さて、こんな挫折人生から旅に出て
様々な出逢い、経験が今のゲストハウスに繋がっていて
森の中に住む人や自分たちで村をつくっちゃった人との話や
シェアハウスやゲストハウス、生き方など多くの師匠との出逢い

熊本でヒッチハイクの師匠との出逢いにより気づけば延べ1700台以上の

車に乗せてもらい伝説のヒッチハイカーなど言われるようになったり
大阪でお金を盗まれ無一文になった時に助けてくれた今やyoutuberになり

“ジョーブログ”で人気のジョーとの出逢い、
日本一周中に気付けば途中アメリカにいて

マンハッタンの中心でパトカー、消防車、救急車に囲まれて大騒動になったり

めっちゃ話したいことは多いのですが、
長くなりそうなので、気になる方はぜひお店で(^o^)
いろいろあった3年間の旅。

その中で、ご飯を頂いたり、
家に泊めさせてもらったり、車に乗せてもらったり
三十路にもかかわらず、優しさを貰い続け、
この経験からみんなからもらった恩を次に送ること

“恩送り”を生涯していくと決めました。

 

それと共にたくさんの素敵な想い、活動を知り
“みんなの夢が自分の夢に”
そして、アメリカに行ったことが大きく
森の中に住むネイティブアメリカンの人でさえ
「原爆のヒロシマから?」というほど
海外での広島の知名度の高さに驚き、

また、イラクに派遣されていた元米兵の方が
「世界で1番絶望を経験した“ヒロシマ”だからこそ

世界で1番 希望 を与えることが出来る」
と伝えてくれたのが衝撃的で、
“同じ事をするのも広島でするのと、他でするのでは意味が違う”と肌で感じ
2年半前、旅を中断し広島に戻り、恩送りを形にするためにシェアハウス恩を始め、

自分が泊めさせてもらったように広島に来る旅人を受けいれていました。

広島での活動の中で
湯来町の中の限界集落でカフェを営む佐藤亮太
大崎上島でシェアハウスを営む 松本 幸市
『広島から世界を変えていきたい』という想いの仲間が出来

、シェアハウスに来た旅人を山、海、街に繋ぐということをしてました。
2人の夢を応援、叶えたいと思い続け、思いついたのがゲストハウス。

そして物件が見つかり、ここなら2人だけじゃなく

もっと多くの人の夢を叶えることが出来ると想い、仲間が増えていき、たくさんの人に支えられ、
今年の6月に無事、広島ゲストハウス縁をオープンすることができました。

今は本当に素敵なスタッフ、そしてそのほかに多くの仲間や、暖かいお客さんに恵まれて、
少しづつですが、みんなの夢に向かって一歩一歩づつゆっくり進んでいます。

今から38年後、原爆投下から100年後。
原爆で焼け野原になった広島が 緑 溢れ人間と自然が共存し、

その中で、様々な人種や宗教、言語を超えて、みんなが個性を発揮し、お互いが、尊重し合い、支え合い、高め合い、
自分の子ども、その子ども、その子ども…たちが未来に希望を持って暮らしていけると確信できる広島にしていきたい。
と想い
勝手に!広島23市町サミットや300人キャンプ、

世界ふんどしコンテストなどざまざまなイベントを企画。

今度は新たな形の広島県全体を巻き込んだクラウドファンディングや

横川商店街にみんなで温泉を掘りあてるや広島城をゲストハウスになど
ぶっとんだ妄想を膨らまし中。
もちろんずっと言い続けている
ワンピースはぬくことはないだろうと言われている未来から始まる自転車で日本一周の漫画
“ただ好きになりたかった”
発売に向けひそかに執筆活動も。

夢はどこまでも大きくなっていきますが
ただ単純にわいわい酒飲んで、語って
みんなと仲良くなりたいと思っているので
ぜひ 広島ゲストハウス 縁に気軽に遊びに来てください!!
個性豊かで熱いスタッフと一緒にお待ちしてま~す(^O^)
めっちゃ長くなりなしたが、
これからもよろしくお願いします(^o^)

 

弥栄(いやさか)―――――!!!

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